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甲府地方裁判所 昭和34年(ワ)265号 判決 1960年3月29日

原告 桑原繁弘

被告 甲府石油有限会社

主文

一、昭和三一年一二月二三日付被告会社本社における臨時社員総会の決議(内容別紙目録の通り)は存在しないことを確認する。

二、本訴のうち、臨時取締役会の決議が不存在であることの確認を求める部分はこれを却下する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項と同旨ならびに、昭和三一年一二月二三日付被告会社の臨時取締役会における、取締役込山武義を代表取締役に選任する旨の決議は存在しないことを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、

「被告会社は石油製品の仕入ならびに販売等を目的として昭和三〇年五月三日設立された有限会社で、その前身である山梨米油株式会社の営業をそのまま引継ぎ経営をしてきたもの、原告は出資口数四〇〇口の社員である。被告会社の昭和三一年一二月二三日付臨時社員総会議事録と題する書面によれば、被告会社は同日午後一時三〇分より甲府市酒折町一、一八八番地の被告会社本社において、臨時社員総会を開催し、別紙目録に掲げるような決議がなされた旨の記載があり、且つ、甲府地方法務局の被告会社登記簿によれば右同日付で別紙目録のうち一、二および六の決議に照応する登記がなされている。また右同日付の臨時取締役会議事録と題する書面によれば、被告会社は同日午後四時一〇分より前同所において臨時取締役会を開催し、取締役込山武義を代表取締役に選任するとの決議がなされた旨の記載があり、登記簿上にも同日付で同人が代表取締役に就任した旨の登記がなされている。

しかるに前記の社員総会ならびに取締役会はいずれも現実に招集されたことはなく、訴外込山武義、北条栄、新海標、渡辺富治、萩原重光らが被告会社を乗取るために、あたかも右の社員総会ならびに取締役会が招集され別紙目録記載および前記の各決議がなされたものゝように虚偽の議事録を作成し、これに基きそれぞれ虚偽の登記をなしたものである。よつて原告は被告会社に対し右各決議の不存在であることの確認を求めるため本訴請求に及ぶ次第である、」

と陳述した。

被告代表者は請求棄却の判決を求め、原告の主張する請求原因事実は全部認めると述べた。

理由

原告が被告会社の臨時社員総会決議不存在の確認を求める部分については、原告の主張する事実はすべて当事者間に争がなく、右の事実によれば原告の請求は正当であるからこれを認容すべきである。

つぎに被告会社の臨時取締役会決議不存在の確認を求める部分については、以下の理由により、原告の本訴請求は許されないと解すべきである。

そもそも、会社の株主総会社員総会あるいは取締役会等の決議が不存在であることの確認を求める訴は、一応外形的には存在するように見える決議が実は存在しないため何ら法律上の効果を発生していないことの確認を求めるもの、あるいは決議が全く存在しないという過去の事実じたいの確認を求めるものと解すべきである。しかし、訴訟法上の原理からいえば、確認の訴は原則として現在の権利または法律関係について、その存否を確定するためにのみ許されるもので、右のような、過去の法律効果または過去の事実の確認の訴は、とくに法律の明文を以て認められた場合またはこれに準ずる程度に明確な必要性が認められる場合にのみ許されると解するのが相当である。

ところで、商法第二五二条(有限会社法第四一条によつて有限会社の社員総会に準用される場合を含む、以下同じ)によつて認められた株主総会決議無効確認訴訟とならんで、株主総会決議不存在確認訴訟も、今日一般に認められている。そしてそれが認められる根拠も、説明の方法はいろいろあろうが、要するに前段に述べた理論に集約されるのである。すなわち、たとえば、決議の不存在は決議に最も極端な瑕疵のある場合であるからこれを決議無効の場合と同一視すべきであるとして商法第二五二条を適用し(適用説)、あるいは、決議不存在確認訴訟を認めることの必要性は決議無効確認訴訟におけると全く同様であるから、後者に準じて前者の訴訟も当然許されるべきであると説明する(準用説)のであるが、その他いずれの理論構成をとるにしても、株主総会決議不存在確認訴訟は、商法第二五二条の明文に依存することによつてはじめて許されるものといわなければならない。

株主総会決議不存在確認訴訟を、一般の確認訴訟の原理によつて是認しようとする説(無関係説)もあるけれども、これを他の確認訴訟一般の原理によらしめるときは、さきに述べた確認訴訟の本来の要請からいつて、その決議が有効に存在することを前提として形成された現在の個々の権利または法律関係の存否確認の訴訟に分解吸収されるべきであるから、独立した意味における決議不存在確認訴訟として取扱う必要と実益がないことに帰するであろう、したがつて、株主総会決議不存在確認訴訟を、商法第二五二条とは無関係に確認訴訟一般の原理によつて許すべきであるとの見解は当裁判所の採らないところである。

取締役会決議不存在確認訴訟は、確認訴訟としての性質の点では株主総会決議不存在の場合と何ら異ならないというべきである。したがつて、前者の訴訟が許されるか否かについては、後者について上来述べたところがそのまま妥当するであろう。さすれば、取締役会決議不存在確認訴訟は、株主総会決議不存在確認訴訟における商法第二五二条のような根拠規定が、商法有限会社法を通じて全く存在しないという一事を以て、すでに現行法上は許されないものというべきである。

もつとも、取締役会の決議不存在の場合に、その確認を求める必要性は株主総会決議不存在の場合と全く同様であるとの理由から、商法第二五二条をこの場合にも拡張して取締役会決議不存在の訴を許すべきであるとの論もあるかもしれない。けれども、株主総会は、会社の基礎ないし営業の根本事項に関する株主の意思決定機関であつて、その決議の瑕疵ないし存否は株主の利害にとつて極めて重大な関係をもつに比して、取締役会は、会社の個々の業務執行に関する内部的な意思決定機関であつて、その決議は必らずしも株主に対してそれほど重大なる利害関係をもつものとは認められない。のみならず株主は、株主総会の決議を通じて一般的に取締役会の機能を監督抑制することが可能であり、あるいは代表訴訟、取締役の行為の差止権等の制度によつて取締役の責任を問い、また損害を防止する方途も与えられている。したがつて、取締役会の決議不存在の場合に、株主総会の決議不存在の場合と全く同様に、株主のための救済方法すなわち不存在確認訴訟を認める必要があると解することは、適当ではない。右の関係は決議無効の場合についても全く同様であつて、商法が株主総会決議無効確認の訴訟を認めながら、取締役会決議無効確認の訴訟については何らの規定を設けなかつたのも、これを認める必要性がないとの見地によつたものと解されるのである。

要するに、立法論としてはともあれ、現行法の解釈論としては、いわゆる取締役会決議不存在確認訴訟なるものはは、商法第二五二条を根拠としてもまたこれを認める余地は存在しないものと解すべきである。したがつて、原告の本訴のうち被告会社臨時取締役会の決議の不存在確認を求める部分は法律上許されない不適法のものとしてこれを却下すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文の通り判決する次第である。

(裁判官 岡村治信)

別紙目録

昭和三一年一二月二三日臨時株主総会における決議事項

一、代表取締役武下左内を解任する。

二、取締役桑原繁弘、同渡辺富治、監査役萩原重光の各辞任を承認する。

三、会社の組織を変更する目的で営業続行を承認する。

四、昭和三二年一月下旬に倍額増資すること。

五、桑原繁弘の出資四〇〇口分を込山武義に譲渡することを承認する。

六、武下左内、渡辺富治、込山武義を取締役に、萩原重光を監査役にそれぞれ選任する。

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